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2026.07.30
ほぼ月イチblog 富士南麓の12箇月 ── Vol.6
梅雨明けの発表を聞く前にやってきた猛烈な暑さ。
近畿東海エリアの気温は特に高く、まさかの40℃超えがニュースで報じられています。
幸い富士市は、最高でも35℃くらい。
それでも7月で35℃ですから、8月の太陽は、どこまで容赦なく照りつけるのか?
体が追いつきませんね。睡眠の質が、大事になってきます。
8月の12日まで、東京の“上野の森美術館”では「大ゴッホ展 第1期」が開催されています(第2期は2027年10月から)。
「ポスト印象派」を代表する画家といえば、セザンヌ、ゴーガン、ゴッホの3人。
セザンヌは22歳でパリの画塾へ通い、画家としてのキャリアを開始。
ゴーガンは船員として世界中をまわったのち、パリで株式仲買人をしていました。
35歳で画家を志したので、かなり遅めのスタート。
オランダで牧師の息子として生まれたゴッホは、画商、語学教師、臨時の伝道師と転職を繰り返しますが、
何をやってもうまくいきませんでした。
ゴッホ(1853-1890)が画家になることを決意したのは、27歳の時。
画商をしていた弟テオを頼ってパリへ行き、印象派からの影響もあって色彩が一気に明るくなります
(以前のオランダ時代は、めっちゃ暗い)。
その後、南仏のアルルに移住します。浮世絵好きで日本びいきのゴッホにとって、
「日本の太陽」を感じられる土地がアルルだったんですね(湿気は全然違うでしょう)。
アルルでの滞在は1年3箇月に過ぎませんが、数多くの傑作が、この地で生まれました。
37年の短い生涯で、ゴッホが画家として活動したのはわずか10年ほど。
感情の振れ幅の大きさに苦悩した人生だったと推察できますが、
それでもゴッホには最大の理解者で支援者である弟のテオがいました。
画商であるテオは、身内だからという理由以前に、早くから兄の絵の素晴らしさを認めていたはずです。
東京で展覧会が開催されれば炎天下に長蛇の列ができ、
アニメ『日本三國』にもゴッホの、うねるような筆致の影響が感じられ。
それにしても、あれだけの絵具の厚塗り───ゴッホの画材代、かかっただろうなぁ。
日陰のひまわり畑が、なぜかサン=レミの夜空(《星月夜》)にも見えてきて・・・。
※富士市「かりがね堤」にて
